2019年月1月3日 於:部落問題研究所

 一月一三日(日)の例会は、昨秋九〇歳で亡くなられた小林綾さんの『部落の女医』をとりあげた。幸いご長男の小林史郎氏と奈良から四名の参加者を迎え、本書で具体的に描かれている一九五〇年代から六〇年代当時の部落について、よりリアルに知ることができた。
 報告者の秦氏は、和田恵治氏が「奈良県の当時の被差別部落の暮らしぶりを知るのに欠かせぬ基本文献」としながら、部落を「一面的」「無神経」「無批判的」に紹介している(『部落解放なら』第10号、1998年12月20日奈良県部落解放研究所発行)としているのは妥当かと、本書を詳細に辿りながら検討、この評価を批判した。
 六〇年前の、同和対策実施前の部落の実態が、著者の曇りのない目で率直に描かれている。部落の先進的な人々の思いやりと人情に触れながら、克服してほしい「歴史的後進性」も直視している。当時発表された書評のいくつかを紹介しながら、和田氏の「読者に否定的印象を与えている」という評価の的外れを指摘した。
 小学四年まで大福の地域で育ったという史郎氏は、時間を構わず「往診」に出かける母に大声で泣いた思い出や中学教師をしながら対等平等の立場で母の仕事に理解・協力を惜しまなかった父・三郎氏、超多忙の中でも仲のよかった両親の日常を紹介された。
 奈良の参加者からは、若い綾先生が心底から住民に少しでもいい医療をと接してくれていたからこそ強い信頼関係が築かれ、いろいろな困難も乗りこえられたのではないか、今、奈良の地域も綾先生が望まれていた状態になりつつあると報告があった。
 東京在住で、長く「部落」のイメージが掴めなかったが、『部落の女医』を読んでリアルに描かれていてよくわかった。学習テキストとしては最良、岩波新書ではなぜ絶版にしているのだろう。やさしい文章、中学生でも読める。一人の医師の成長物語としても読める。著者の豊かな感性、情熱の塊。など参加者の評価は高かった。医師になる前の話、なぜこれほどのことができたのか、それが知りたい、という注文も出た。

(木全 久子)