『 人権と部落問題 』

 巻 頭 言 集

現在二〇〇九年七月号~二〇一八年二月号まで掲載



『人権と部落問題』 巻頭言集

2018年2月号(No.908)

  「歴史にフタする恥ずべき行為
     ―朝鮮人犠牲者への追悼文送付を止めた小池東京都知事―

  2016年8月、東京都の小池知事が、毎年9月1日に営まれる関東大震災( 1923年・ 大正12年)の朝鮮人犠牲者追悼式への追悼文送付を今年からやめたという事実が新聞等で報道された。
  追悼文は2006年の石原慎太郎知事以降、歴代の知事が送付してきたものである。小池知事は、大震災の遭難者を弔う大法要の場で、「 全ての方々へ哀悼の意を表している」と送付取りやめの理由を説明したが、震災の犠牲者と虐殺で命を奪われた犠牲者では「 死」の意味は全く違う。
  朝鮮人虐殺は動かせない史実であるにもかかわらず、「 不幸な出来事」とひとくくりにして、知事は「 歴史家がひもとくもの」と言い放った。事は単に歴史学だけの問題ではない。一世紀前の過去の問題というのでもない。史実を発掘し、残虐行為を書き記すことは歴史家の重要な仕事であるが、今生きている日本人が、将来の日本をどう築くのか、私たち自身の課題が問われている問題でもある。
 和を創造する原点は、過去の悲惨な体験を忘れないことであり、その教訓を未来に生かすことである。そうでなければ、日本の今日と将来に対して内外から不安の目が向けられる。
  かつて韓国を併合( 1910年)した日本は、植民地でひたすら皇民化政策を推し進め、関東大震災では朝鮮人虐殺という事態を引き起こした。当時、軍や警察が自警団とともに煽動に加担し、真実を明らかにしようとした自由法曹団の布施辰治等の調査を官憲が妨害したという事実もあり、虐殺された人数は未だに明らかにされていない。
 このような歴史の教訓に学ばず、歴史にフタをするような恥ずべき行為は、また日本人が在日朝鮮人への恒常的差別といった形で加害者の側に立つのではないかという疑念を生じさせるものであり、街頭で公然とヘイトスピーチが叫ばれるような今日、現在の日本人がどう考えるかという現代史の重要なテーマである。
                                ( 梶野 理)

『人権と部落問題』 巻頭言集

2018年1月号(No.907)

   「部落差別解消推進法」施行から1年
 「 部落差別の解消の推進に関する法律」( 以下「 推進法」)が施行されて、2017年12月16日で満一年が経過した。その間、同法に即応または対応した地方公共団体や各種団体がさまざまな動きを見せている。
 部落問題解決の道程を瞥見( べっけん)すると、幕末に穢多身分の人びとの地位向上をめざす闘いが既に開始されていたが、戦前の「  一君万民」が重層的に並ぶ絶対主義的天皇制の支配体制下では部落問題の根本的解決は不可能で、解決は戦後に持ち越された。 戦後は日本国憲法が制定され、不十分ながら民主的諸政策が行われ、1950年代から憲法意識が国民に浸透し始め、部落問題を解決すべき国民的課題だとする意識も広がった。高度経済成長期から部落住民の貧困と地域住民間の障壁の除去も正の方向へ大きく変化した。その要因は地域の社会構造と住民の意識の変化である。その後、わが国の社会的な変動は多々あったが、部落問題は今日まで不可逆的に解決に向かって前進してきている。部落問題の属性からして当然のことだ。このような部落問題解決の道程で重要なのは、それが「 部落」の人びとと「 部落」外の人びととが共同して取り組んできたことである。幕末でさえも。憲法の文言を借りれば、国民の「 自由獲得の努力」だ。「 推進法」はこの観点が欠落しており、後ろ向きなのである。
 「 推進法」は第一に、部落差別的行為や不適切な言動の一切を根絶しなければ解決しないとの捉え方が法の前提になっている。解決過程を全く見ようとしない発想である。第二に、部落差別の定義が一切なされておらず、法律の体をなしていない。杜撰( ずさん)である。第三に、2001年、「 同和」の法律の期限切れに際して、政府が、今後 調査はマイナスになるので不可能と断定したにもかかわらず、「 推進法」には実態調査が盛り込まれている。出来ない調査をどうやらせようとするのか。第四に、従来の「 同和」の法律はすべて時限法であったのに、「 推進法」は時限を定めず、半永久的に継続しようとしている。そのことから第五に、「 推進法」はかつてのような解決に逆行する動きに悪用されかねない。危惧の念を抱く。
 デメリットしかない「 推進法」の制定を主導したのは自民党である。市民と野党の共闘に楔( くさび)を打ち込む魂胆があったようだ。部落問題研究所は「 推進法」に基づく策動に反対している。今後も批判を展開していく。        ( 成澤 榮壽)