『 人権と部落問題 』

 巻 頭 言 集

現在二〇〇九年七月号~二〇一八年十月号まで掲載


『人権と部落問題』 巻頭言集

2018年10月号(No.916)

  部落問題研究所創立七〇年に想う

  人生七〇年で古稀(こき)という。あとの時間は余生というべきだろう。しかし、部落問題研究所のこれからを余生とはいえない。この特集号の内容がそれを証明している。
部落問題研究所七〇年を回想すれば、さまざまな問題が展開されてきた。なかでも重要なことは、「 部落問題」の解決が前途に見いだされてきたことにあるといえよう。日本の社会が、その土台である経済の高度化を背景として大きな変化をとげた。
 いま多くの市民特に若者の間では、部落差別の過去の存在をまったく知らない人たちが増えている。なるほど、新聞やテレビなどでは差別という語が飛び交っているが、部落問題とのかかわりをまったくもたない意味内容を普通とするのが現状である。なかでも、最も多く登場するのが男女差別といえよう。その差別的発言で、社会的地位の進退問題となった例は少なくない。差別という語からただちに部落問題を想起した時代は過ぎ去ったのである。
 しかし、それでは部落問題の研究は時代錯誤ということになるのだろうか。実は、部落解放を名義とする団体は今もなお存在し、部落解放のための施策と要求をかかげて官公庁との交渉ももっている。少なからぬ学校では、今も同和教育が実施されている。それをただすのはたやすい仕事ではない。
 必要なのは、部落問題の社会科学的研究を全面的に深化させることであり、その成果を分かりやすく普及することである。その労を省いて行政的な対応に専心すれば、独善的な運動と大差なくなるであろう。そこに七〇年の歴史と蓄積をもつ部落問題研究所の独自の役割と責任があらためて浮上する。部落問題研究所は、運動団体ではない。だからこそ、あらゆる問題を自由に研究し、発信することができる。
                                (岩井 忠熊)



『人権と部落問題』 巻頭言集

2018年9月号(No.915)

  「部落差別解消推進法」を「追い風」としなかった東京高裁の画期的な判決

   同和対策特別法終了一〇年の節目を前に、特別対策の継続は同和問題解決に逆行するとして埼玉県北部の本庄市・ 上里町・ 深谷市が同和行政を終了したことに対し、「 解同 」が二〇一三年三月に同和行政の終了差止めと集会所・ 隣保館閉鎖による精神的苦痛への慰謝料を求めてさいたま地裁に提訴した裁判は、二〇一八年三月六日、最高裁が上告を棄却し、「 解同」の完全敗訴で五年にわたった裁判が終結しました。
 議会の同意を得て関係条例などを廃止して同和行政を終了した行政に違法はないとしたさいたま地裁判決( 二〇一六年九月)を、「 解同」は部落差別の実態を無視し、形式的な行政手続き論に終止した不当な判決だとして、二〇一六年一〇月に東京高裁に控訴しました。その直後の一二月に、時代逆行の「 部落差別解消推進法」が成立しました。
 「 解同」は、部落差別の現存と国・ 自治体の責務を明記した「 部落差別解消推進法」に期待し、弁護士も部落差別の存在を無視した地裁と同様の判決を高裁が出すとは考えられないとして、「 部落差別解消推進法」を「 追い風」に「 最後まで徹底的に闘う」と宣言しました。控訴審第一回公判で「 解同」は、「 部落差別解消推進法は部落差別をなくすために国と自治体が努力すべきであるとのメッセージであり、行政が同和問題の解決に真剣に取り組み、集会所廃止決定を改めるよう求める」などと意見陳述しました。
 しかし、二〇一七年六月、東京高裁は「 解同」の期待に反する画期的な判決を下しました。同和行政の終了・ 事業廃止条例の制定は、行政の裁量判断に委ねられており、裁量権の逸脱・ 濫用を窺わせる事情は「 部落差別解消推進法」の目的( 第一条)、基本理念( 第二条)、地方公共団体の責務( 第三条)を踏まえても、本件全証拠によっても認めることができないのであるから、原判決に不備があるとの控訴人らの主張は採用できないとして棄却しました。「 部落差別解消推進法が追い風になる」という「 解同」の期待に反する結果となったのです。
 完全敗訴した裁判結果について、「 解同」は「 声明」などはもとより機関紙でも全く報道せず、二〇一八年度運動方針で「 部落差別解消推進法」の具体化の一環として「 一方的な同和行政の廃止を糾弾する行政闘争に取り組む」と威嚇していますが、事実と道理こそが物事を决します。行政の毅然たる姿勢の堅持と行政の主体性確立を求める世論の結集こそが一層重要になると考えています。
                     三枝茂夫( 埼玉県地域人権運動連合会会長)


『人権と部落問題』 巻頭言集

2018年8月号(No.914)

  強制優生手術と国家責任

  二〇一八年一月三〇日、宮城県の一女性が、旧優生保護法により自らの受けた強制不妊手術の違法性を主張して、国家賠償請求訴訟を起こした。それ以後、旧優生保護法下での優生断種手術にかかわる記録の開示が進み、都道府県での実態がぞくぞくと明らかになってきている。
 優生不妊手術は、国の主導のもとで、地方自治体が機関委任事務として、それに協働し、官民の共同で進められた。日本における優生思想は、戦後の高度経済成長を受けて、福祉国家をめざし、福祉的施策が本格化しつつある時期に盛んになった。その被害者は、女性・女児が8割ほどをしめ、9歳という月経がはじまったかも不明な女児までが犠牲になり、半数以上が未成年であった。
 当時、多くの障害者が優生断種手術を受けさせられた。山形県では、障害児施設の子どもが「 組織的」に強制不妊手術を受けさせられた。北海道では、優生手術の件数の実績をあげるために障害児施設長が協力した。宮城県では、「 愛の10万人運動」で優生思想が広められ、施設長の説得の下、障害児施設が「 組織的」に優生断種手術を受けた疑いが強い。
 旧優生保護法は、優生保護審査会の審査を経て強制不妊手術を認める法律であったが、同審査会の審議は形式的であり、当時優生不妊手術を執刀した医師は、「 当時は止むを得なかった」と証言している。
 国会では、超党派の議員連盟が救済と賠償に向けて活動を開始しているが、今後の焦点は、記録のない人の救済と賠償の問題であろう。しかしながら、救済と賠償だけでなく、歴史的経緯の検証も必要である。
 二〇一六年七月二六日、神奈川県津久井やまゆり園で、元職員・植松聖が「 障害者は不幸しか生まない」「 障害者は生きるに値しない命」だとして、多くの障害者を殺傷したように、優生思想は過去の思想ではない。津久井やまゆり事件と旧優生保護法は、太い綱で結びついている。
                       清水貞夫( 宮城教育大学名誉教授)


『人権と部落問題』 巻頭言集

2018年7月号(No.913)

 名古屋市教育委員会に対する文部科学省の「 質問」の不当性

 文部科学省が、名古屋市教育委員会に対して、名古屋市内の公立中学校で行われた前川喜平・ 前文部科学省事務次官の講演内容についての詳細な質問状を送った。
 講演内容はどうであったかとか、そもそも前川氏が次官を辞任した経緯や、週刊誌などで言及されていたキャバクラなどへの出入りなどを承知していたかなどが、その中に含まれていた。
 この「 質問」には、いくつかの法的問題が含まれている。第一に、具体的な教育内容への介入にあたるという点である。「 質問」はなんらかの問題があることを前提にしてなされたものであり、教育行政権行使の範囲を逸脱している。
 文部科学省は、たしかに地方教育委員会に対して、一定の調査を行うことはある。たとえば、いじめの実態把握、その当否は別として児童・ 生徒の学力把握のための全国学力テスト結果の把握などは、文教政策に必要な範囲内であれば許されるであろう。 しかし、 今回は、具体的な教育内容にかかわっているものであり、教育条件整備が任務の文部科学省の権限を逸脱しているとしか言いようがない。 この点で、教育基本法にいう「 不当な支配」 に該当するであろう。
 第二に、この質問が自民党議員からの要請によるものであったことから、まさに、政治権力による教育内容への「 不当な支配」そのものであると言わざるを得ない。
 そもそも教育基本法がいう「 不当な支配」は、政治権力によって教育がゆがめられてはならないことを本質としている。文部科学省は、このような要請があったとしても、それは「 不当な」要請として対応すべきことであった。近年政治権力による教育内容への介入の例が目に付く。最近も東京都の養護学校での性教育の内容をめぐる問題が起きている。
 教育内容でも、政府や政治家の要求をそのまま無批判に受け入れ、要求にかなった対応を教育行政が行うことが常態化すれば、差し障りのないようにと現場が萎縮して、まっとうな教育ができなくなるのではないか。
                                 ( 丹羽 徹)




『人権と部落問題』 巻頭言集

2018年6月号(No.912)

 教生活保護基準の切り下げは、
    憲法二五条の実質改憲である

 安倍政権になって、生活保護受給者には後発医薬品の使用促進がなされ、医薬品の選択の余地を狭める差別的な対応が強められている。生活保護基準の引き下げが続き、各地で生活保護裁判が広がっている。2013年度の生活扶助基準の引き下げに続き、2018年度予算案の閣議決定では、所得第1十分位に合わせて生活扶助基準を最大5%引き下げるとされた。これは、本来救貧すべき最貧困層一〇%に合わせて基準を下げていくもので、この手法が正当化されれば、際限のない基準低下につながる改悪となる。
 影響は、これだけにとどまらない。生活保護基準に合わせて実施されている、就学援助や市営住宅家賃の減免制度の他、住民税非課税世帯が対象となった保育料・ 介護保険料の自己負担をはじめ、多数の減免制度の対象から外される人が約3000万人出てくるといわれている。また、この改悪で160億の財源が浮くと試算されているが、関連する諸制度の減額はその一〇~二〇倍になると予想されている。厚労省が市町村に示した「生活保護基準見直しに伴い他制度に生じる影響について( 対応方針)」では、五〇近い施策があげられている。
 私が、現行の生活保護基準をもとに『 国民生活基礎調査』をつかって算出した貧困層の可処分所得額( 税と社会保険料を除く)の基準は、単独世帯は156万円、夫婦世帯、ひとり親と未婚の子の世帯およびその他世帯は221万円、夫婦と未婚の子の世帯は270万円、三世代世帯は312万円であった。
 そして、この基準以下の貧困世帯の比率は、2016年で全世帯の二八・一%の1402万世帯という膨大な規模に達していることがわかった( 『 経済』6月号所収の拙稿参照)。ところが、この年に生活保護を受給している世帯は164万世帯で、貧困世帯の一一・ 七%しか捕捉できていない。こんな中で低位一〇%に合わせた生活保護基準の引き下げが進めば、生活保護制度や「 住民税非課税世帯」を対象とした救貧対策によって救われない、隠された貧困世帯がさらに広がっていくことになる。
 社会保障財源抑制のための、際限のない生活保護基準の引き下げとその論理は、憲法二五条が要請する、国民に健康で文化的な最低限度の生活を保障する国の責任を放棄した、憲法の実質改憲として厳しく糾弾されなければならない。
                                                      ( 石倉 康次)



『人権と部落問題』 巻頭言集

2018年5月号(No.911)

 教育勅語の教材使用に関する研究報告
  ―日本教育学会が研究報告書を公表―

日本教育学会の教育勅語問題ワーキンググループは、2017年一二月に『 教育勅語の教材使用に関する研究報告書』を公表した( A4判、本文二九一頁)。
 2017年の第一九三国会では、教育勅語の教材化をめぐって議論された。政府は、「 憲法や教育基本法等に反しないような形で教材として用いることまでは否定されることではない」との閣議決定を行い、これに基づいた答弁を繰り返した。
 こうした事態に対して『 報告書』は、第一部( 本編)で、「 教育勅語の内容と実施過程―教育勅語は学校教育に何をもたらしたか」( 第一章)/「 学校儀式と身体―教育勅語と唱歌の共存関係を中心に」( 第二章)/「 戦後における教育勅語の原理的排除」( 第3章)/「 教育勅語は学習指導要領・ 教科書でどのように扱われているか」(第4章)/「第193国会における教育勅語使用容認論とその問題点」( 第5章)の研究をふまえ、「 学校教育における教育勅語の扱いについて」( 第6章)で基本的な考え方を示している。次の5点である。
 一、教育勅語はすでに教育から排除されたものであり、教育勅語またはその理念を指導原理とする教育を行ってはならない。
 二、教育勅語を暗唱させ、学校行事等で唱和・朗読・解説し、学校内で掲示・音声放送などをしてはならない。
 三、教科書及び副教材などで、教育勅語を道徳的価値が記された文書として取り上げ、肯定的に扱うことはできない。四の場合を例外として、教育勅語には教科教育で取り上げる教育的価値は認められない。
 四、教育勅語は、教育勅語が日本国憲法・教育基本法の原理に反するものであることを知り、戦前と戦後の社会、教育、価値観の違いを考察する場面で、批判的に取り上げる場合にかぎり使用できる。
 五、国及び設置者・所轄庁は、教育勅語を指導原理とする教育を行うよう学校・教員に指導または強制してはならず、教育勅語を肯定的に扱う教材を採用し学校・教員に使用させてはならず、また学校・教員がこれらを行うことを容認してはならない。
 研究報告書は、政府見解に対する基本的な反論の書となっている。
      ( 梅田 修)



『人権と部落問題』 巻頭言集

2018年4月号(No.910)

 「 部落差別解消推進法」と人権教育のゆくえ

 京都府教育委員会『 人権教育を推進するために』は、「『 部落差別解消法』の『 現在もなお部落差別が存在する』という認識の上に立って同和問題をめぐる社会の実態を見直すなど、人権問題を社会問題として正しくとらえる」と述べている。また、京都府立高等学校人権教育研究会二〇一七年度研究課題( 案)」では、「 同和教育を人権教育全体の中に位置づけ、同和教育で積み上げられてきた成果と手法が教育の普遍であるということを改めて確認」するとしている。
 「 部落差別解消推進法」は、「 部落差別」とはどのような事実なのか示していない。「 人権問題を社会問題として正しくとらえる」というのであれば、社会問題としての部落問題の現状や解決の到達点に関する科学的・ 実証的な研究成果をもとに論じるべきである。学校教育や社会教育で部落問題を取り上げるならなおさらである。
 今日部落問題は、法的な対策も終了し、教育・ 啓発によって部落問題に対する国民の理解や認識も大きく改善され、基本的に解決の方向にある。「 部落問題に起因する教育課題」に取り組んできた同和教育も部落問題の解決が進む中で見直され、縮小・ 解消されてきた。
 にもかかわらず京都の府立高校では、人権教育の中で部落問題( 同和問題)を扱うことが強調されてきている。二〇一七年五月に開催された京都府立高等学校人権教育研究会総会では、「『 寝た子はネットで起こされる!?』―『 部落差別解消法』成立の背景」というテーマで講演が行われ、「 当面の課題」として、「 ネット版『 部落地名総監』の削除」「 同和教育・ 部落問題学習の充実を!」などが指摘されている。
 一方では、部落問題の実態を知らない先生も多くなっている。部落問題研究所と地域の協力で、二〇一七年一一月、京都府立高等学校人権教育研究会市内ブロックの先生方が竹田深草地域のフィールドワークと講演会(「 部落問題の解決と人権教育」)を行い、同和対策事業終了後の地域の変化や実態、課題を学ぶ機会を持った。こうした教職員自らの問題意識にもとづく自主的・主体的な学習を通じて、人権教育の内容や方法を検証、見直していくことが求められている。
 子どもの世界では、さまざまな人権問題が山積している。生徒( 子ども)の現実を前にしたとき、何が「 人権問題の重要な柱」になるのか、どのような人権教育の取り組みが必要なのか、教職員が集団で検討・ 構築していくことが大切である。その上で部落問題を人権教育のテーマとして扱うことは、根本的に見直すべきである。
                                 ( 石田 暁)


『人権と部落問題』 巻頭言集

2018年3月号(No.909)

 核兵器の終わりの始まり
―核兵器禁止条約の採択に思う―
 2017年は、歴史に刻まれる画期的な年になりました。核兵器禁止条約が採択されたからです。
 1945年8月、人類は未曽有の体験をしました。原爆投下です。「 原爆は、広島と長崎を一瞬にして死の街に変えました。赤く焼けただれてふくれあがった屍の山。眼球や内臓の飛び出した死体。黒焦げの満員電車。倒れた家の下敷きになり、生きながら焼かれた人々。髪を逆立て、ずるむけの皮膚をぶら下げた幽霊のような行列。人の世の出来事とは到底いえない無残な光景でした」( 『 原爆被害の基本要求』)。世界が一変しました。「 核兵器が人類を滅ぼすのか、人類が核兵器をなくすのか」を選択する時代が始まったのです。
 広島 ・長崎から73年、核弾頭はなお1万5000発近くあり、核兵器保有国は1国から9国に増え、戦争も続いています。核兵器は戦争を抑止し、安全を保障する力にはなっていません。「 核抑止論」は、「 核脅し論」です。日本は、「 核の傘」に守られているのではなく、危険にさらされているのです。 被爆者は、こんなこと( 原爆投下)は二度と起こってはいけないと願ってきました。唯一の被爆者の全国組織 ・日本被団協は、結成の1956年から今日まで62年、「 ふたたび被爆者をつくらない」ために、「 核戦争を起こすな、核兵器をなくせ」「 原爆被害への国家補償」を求め、運動してきました。核兵器禁止条約は、被爆者の願いに応える確かな一歩です。心から歓迎します。
 2007年に発足したICANにノーベル平和賞が授与されました。条約の成立に果たした運動を評価し、核兵器廃絶に向けたさらなる運動を期待する受賞です。日本被団協は、ICANと二人三脚で条約の成立に力を尽くしてきました。被爆者は、受賞の喜びを共にします。核兵器の禁止から核廃絶を実現する運動が、「 ヒバクシャ国際署名」運動です。すべての人と国に核兵器の廃絶を訴えています。市民の力で、核兵器保有国の核政策をかえさせる運動です。2020年までに世界で数億の署名を集め、国連に提出します。すでに515万余の署名を渡しました。唯一の核戦争被害国日本政府の役割は大です。何よりも日本の核政策を変えさせなければなりません。核兵器のない世界を実現し、青い地球を次世代に残しましょう。      ( 木戸 季市)

『人権と部落問題』 巻頭言集

2018年2月号(No.908)

  「歴史にフタする恥ずべき行為
     ―朝鮮人犠牲者への追悼文送付を止めた小池東京都知事―

  2016年8月、東京都の小池知事が、毎年9月1日に営まれる関東大震災( 1923年・ 大正12年)の朝鮮人犠牲者追悼式への追悼文送付を今年からやめたという事実が新聞等で報道された。
  追悼文は2006年の石原慎太郎知事以降、歴代の知事が送付してきたものである。小池知事は、大震災の遭難者を弔う大法要の場で、「 全ての方々へ哀悼の意を表している」と送付取りやめの理由を説明したが、震災の犠牲者と虐殺で命を奪われた犠牲者では「 死」の意味は全く違う。
  朝鮮人虐殺は動かせない史実であるにもかかわらず、「 不幸な出来事」とひとくくりにして、知事は「 歴史家がひもとくもの」と言い放った。事は単に歴史学だけの問題ではない。一世紀前の過去の問題というのでもない。史実を発掘し、残虐行為を書き記すことは歴史家の重要な仕事であるが、今生きている日本人が、将来の日本をどう築くのか、私たち自身の課題が問われている問題でもある。
 和を創造する原点は、過去の悲惨な体験を忘れないことであり、その教訓を未来に生かすことである。そうでなければ、日本の今日と将来に対して内外から不安の目が向けられる。
  かつて韓国を併合( 1910年)した日本は、植民地でひたすら皇民化政策を推し進め、関東大震災では朝鮮人虐殺という事態を引き起こした。当時、軍や警察が自警団とともに煽動に加担し、真実を明らかにしようとした自由法曹団の布施辰治等の調査を官憲が妨害したという事実もあり、虐殺された人数は未だに明らかにされていない。
 このような歴史の教訓に学ばず、歴史にフタをするような恥ずべき行為は、また日本人が在日朝鮮人への恒常的差別といった形で加害者の側に立つのではないかという疑念を生じさせるものであり、街頭で公然とヘイトスピーチが叫ばれるような今日、現在の日本人がどう考えるかという現代史の重要なテーマである。
                                ( 梶野 理)

『人権と部落問題』 巻頭言集

2018年1月号(No.907)

   「部落差別解消推進法」施行から1年
 「 部落差別の解消の推進に関する法律」( 以下「 推進法」)が施行されて、2017年12月16日で満一年が経過した。その間、同法に即応または対応した地方公共団体や各種団体がさまざまな動きを見せている。
 部落問題解決の道程を瞥見( べっけん)すると、幕末に穢多身分の人びとの地位向上をめざす闘いが既に開始されていたが、戦前の「  一君万民」が重層的に並ぶ絶対主義的天皇制の支配体制下では部落問題の根本的解決は不可能で、解決は戦後に持ち越された。 戦後は日本国憲法が制定され、不十分ながら民主的諸政策が行われ、1950年代から憲法意識が国民に浸透し始め、部落問題を解決すべき国民的課題だとする意識も広がった。高度経済成長期から部落住民の貧困と地域住民間の障壁の除去も正の方向へ大きく変化した。その要因は地域の社会構造と住民の意識の変化である。その後、わが国の社会的な変動は多々あったが、部落問題は今日まで不可逆的に解決に向かって前進してきている。部落問題の属性からして当然のことだ。このような部落問題解決の道程で重要なのは、それが「 部落」の人びとと「 部落」外の人びととが共同して取り組んできたことである。幕末でさえも。憲法の文言を借りれば、国民の「 自由獲得の努力」だ。「 推進法」はこの観点が欠落しており、後ろ向きなのである。
 「 推進法」は第一に、部落差別的行為や不適切な言動の一切を根絶しなければ解決しないとの捉え方が法の前提になっている。解決過程を全く見ようとしない発想である。第二に、部落差別の定義が一切なされておらず、法律の体をなしていない。杜撰( ずさん)である。第三に、2001年、「 同和」の法律の期限切れに際して、政府が、今後 調査はマイナスになるので不可能と断定したにもかかわらず、「 推進法」には実態調査が盛り込まれている。出来ない調査をどうやらせようとするのか。第四に、従来の「 同和」の法律はすべて時限法であったのに、「 推進法」は時限を定めず、半永久的に継続しようとしている。そのことから第五に、「 推進法」はかつてのような解決に逆行する動きに悪用されかねない。危惧の念を抱く。
 デメリットしかない「 推進法」の制定を主導したのは自民党である。市民と野党の共闘に楔( くさび)を打ち込む魂胆があったようだ。部落問題研究所は「 推進法」に基づく策動に反対している。今後も批判を展開していく。        ( 成澤 榮壽)