『 人権と部落問題 』

 巻 頭 言 集

現在二〇〇九年七月号~二〇一七年四月号まで掲載


『人権と部落問題』 巻頭言集

2017年4月号(No.898)

     大問題 大阪の「 中学生チャレンジテスト」

 いま、大阪で「 チャレンジテスト」が大きな問題を広げている。チャレンジテストとは、府がおこなう独自テストのことである。
 高校入試の合否は、当日の試験の成績と内申点で決まる。内申点は、教師が定期テストの成績や日頃の学習へのとりくみを評価してつけるものであり、大阪でもそうされてきた。ところが府教委は、チャレンジテストの結果を内申点にせよとして押しつけてきた。つまり、日ごろ定期テストもまじめに受けず、提出物も一切出さず、授業中の態度も悪い子どもであったとしても、このチャレンジテストの成績さえよければ、高い内申点がつけられる。逆に、日ごろいくら頑張っていても、チャレンジテストの成績が悪ければ、低い内申点しかつかない。
 これが一・二年生は個人の成績として内申に反映される。三年生は学校の平均点が府の平均より高いか低いかによって、その学校の内申点の範囲が決められる。つまり、チャレンジテストの結果が府の平均より高い学校は、四とか五の高い内申点をつけられる子が増え、低い学校は、一とか二の低い内申点しかつけられないというものである。これにより、高校入試がまったく不公平なものになり、中学校の教育がチャレンジテストによって振り回され、子どもたちの人間関係にもひびが入るという、重大な問題が引き起こされている。
 これに対し、大阪府公立中学校校長会も府に対する要望書で「 高校入学者選抜方法について、調査書に記載する評定については各中学校にゆだねられたい」と述べているほど、現場に矛盾を広げている。また、千早赤阪村議会は、二〇一六年末に「 中学校『 チャレンジテスト』廃止・撤回を求める意見書」を全会一致で採択した。
 チャレンジテストの背景には、安倍「 教育再生」・大阪維新「 教育改革」による競争と格差づくりの教育政策がある。政治の力で教育を歪めてはならない。
                                         (山口 隆)


『人権と部落問題』 巻頭言集

2017年3月号(No.897)

     部落差別解消推進法の成立にあたって

 2016年12月9日、参議院本会議において「 部落差別の解消の推進に関する法律」( 部落差別解消推進法)が自民、公明、民進などの賛成により可決、成立した。この法律について部落問題研究所は、5月29日に開いた2016年定時総会において、創立60周年記念事業の『 部落問題解決過程の研究』の成果に照らしてみても、不可逆的に進行してきている部落問題の解決に逆行するものであると、研究所総会としては異例の「 法案」に「 反対する決議」を採択したところであった。
この法律は、「 部落差別」の「 解消」といいつつ、「 部落差別」とは何なのかの定義がなく( 第1条)、その上に国及び地方公共団体に「 部落差別の解消」に関する「 施策実施」を責務として課している( 第3条)。
加えて、「 部落差別の解消の施策に資するため」、「 部落差別の実態に係る調査を行う」とする( 第6条)。
周知のように、同和対策事業に関する特別措置法は2002年3月31日をもって期限を終了し、同法の「 対象地区」( 同和地区)も、法的に消滅している。1950年代後半以降の、高度経済成長の下での大規模な人口移動によって混住の進行は著しく1993年実施の総務庁( 当時)「 同和地区実態把握等調査」によってみても、全国の同和地区に居住する人口中58.7%が「 同和関係以外人口」、つまり、もともと「 部落」の人でない人が3分の2の多数になっているのである。このような実態の下で、どこで、誰を対象にして、どのように調査を実施するというのであろうか。
全国人権連( 全国地域人権運動総連合)などの取組み、日本共産党議員団の活動によって、参議院で参考人招致が行われるなど問題点はより明らかとなってきた。私たちは、法律の廃止も視野に入れ、法律の運用にあたって、とりわけ、問題が起こり混乱の発生が懸念される地方公共団体( 地方自治体)の動向を注視し、部落問題研究所としてのすべき役割を果さなければならないと考えるものである。
                                         (奥山 峰夫)



『人権と部落問題』 巻頭言集

2017年2月号(No.895)

    『 明治の日』・『 明治一五〇年』
    ――国民教化政策について――
 昨年、二〇一六年一〇月七日、内閣官房に「 明治一五〇年」関連施策推進室を設置したと発表し、菅官房長官は「 明治の精神に学ぶ、日本の強みを再認識することはきわめて重要だ」、と説明した。( 朝日一〇・八)。記念式典などの検討を開始した。また、一一月一日、明治の日推進協議会は国会内で集会を開き、一一月三日を「 明治の日」にせよという請願署名約六三万八千筆を自民党の古屋選対委員長に手渡した( 朝日一一・二)。かつて明治節であった「 この日は日本国が近代化するにあたり、わが民族が示した力強い歩みを後世に伝え、明治天皇と一体となり国づくりを進めた、明治の時代を追憶するための祝日です。したがって、もともとは現行の『 文化の日』などという曖昧な祝日ではありません」( 請願趣旨、推進協HP)という。「 文化の日」を廃止して「 明治の日」とせよという主張である。
 天皇誕生日を天長節、国民の祝日としたのは明治天皇誕生日を太陽暦で一一月三日とした明治時代にはじまる。この日を明治節としたのは、一九二七年三月である。この一九二七年二月には昭和天皇即位後初めての建国祭があった。宮庁の休日でしかなかった紀元節を「 愛国的の国民的総動員」の「 家庭的祝日」とした三回目の建国祭であった。前年の第二回は大正天皇の諒闇( りょうあん)中のため代表者による明治神宮参拝にとどめたので、この一九二七年から年中行事の全国民的祝祭日として定着することになる。
 明治節は、新年・紀元節・天長節とともに四大節として重視された国民祝祭日であったが、それは一五年戦争の時代に国民を戦争に動員する天皇制イデオロギー装置でもあった。
 明治憲法による国家が「 無比の教化国家」( 藤田省三『 天皇制国家の支配原理』)であったことは多くの研究者が指摘してきたところである。一九六八年の「 明治百年」式典に対して歴史研究者らが、「 紀元二六〇〇年祝賀式典」( 一九四〇)とかさねて、国民の思想統制、思想動員の場にすることを批判し、警告を発した経験に学びながら、私たちは今、抵抗の思想を組織し対置しなければならない。                                       (  尾川 昌法)

『人権と部落問題』 巻頭言集

2017年1月号(No.894)

   「 部落差別解消推進法」制定策動と
                『 部落問題解決過程の研究』
 昨年七月号「 巻頭言」の続き。「 特集」があるので「 法」( 案)の問題点には言及しない。自民党主導で提出された「 部落差別解消推進法」案は一一月一七日の衆議院本会議において日本共産党を除く賛成多数で可決され、参議院へ送られ、法務委員会では一二月六日に参考人意見陳述を、八日に自・民・共三党の質疑と討論を行い、採決が強行され賛成多数で可決した。
 政府・与党は一一月三〇日までの会期を一二月一四日まで延長を強行した。TPP承認案( 九日に自然成立)・関連法案や国民年金「 改革」( 改悪)法案などを反立法主義丸出しの問答無用とも言うべき強引さで突破していく構えだ。「 推進法」制定策動もその一つである。
 昨秋に完結した部落問題研究所編・刊『 部落問題解決過程の研究』全五巻は、日本国民が部落問題を基本的に解決したと言い得る段階にまで到達させてきた事実を、学問的・実証的にあきらかにした。しかし、この事実を見誤り、または故意に見まいとする虚構の「 部落」差別に主として基づく策動が「 部落解放同盟」を中心に行われてきた。
 「 解同」は一九八〇年代から、屡々、中央委員長らが自民党や財界の実力者に擦り寄り、「 昵懇」になった。今回の「 推進法」制定策動も、その間に紆余曲折はあったにせよ、同一路線上で浮上したと見て間違いなかろう。自民党の方には過去の革新分断と同様、市民と野党の共闘に楔くさび〉を打ち込む手段に「 推進法」が使えるとの魂胆があるだろう。
 確かに「 部落」差別を弄する時代遅れの輩は少しはいる。麻生太郎氏が自民党の有力者に行ったのはその代表的な例だ。「 解同」は抗議しなかった。自民党は閣僚の「 土人」発言も放任した。自民党に「 推進法」を制定させる資格はない。自らの内を糾すべきだ。
 「 推進法」制定策動は、多年にわたる「 部落」差別克服に努力してきた国民を馬鹿にした代物である。「 解放運動をなくするために運動するのだ」と言い続けた故松本治一郎は「 推進法」を否とするだろう。『 部落問題解決過程の研究』は、「 推進法」制定策動を含む歴史の発展に諍〈 あらが〉うものへの厳しい批判の書でもある。歴史への背離との闘いの基礎となる「 武器」にしたい。                  ( 成澤 榮壽)