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55回部落問題研究者全国集会参加者の感想
 2017年10月28日・29 於:同志社女子大学今出川キャンパス

 一〇月二八・二九日、第五五回部落問題研究者全国集会を、同志社女子大学今出川キャンパスにおいて開催しました。参加者一〇四人、二日間述べ一三一人。第一日、全体会は「日本社会の民主的発展と部落問題研究―成果と方法の継承・発展をめざして―」をテーマに二報告、猪飼隆明(阪大名誉教授)「近代日本の社会問題の歴史研究―部落問題、ハンセン病問題―」、石倉康次(立命館大)「社会調査から見た部落問題の解決過程」、が報告されました。第二日目、六分科会のテーマは次のとおり。
 @(歴史T)近世巨大都市と身分的周縁、A(歴史U)近現代の日本における東北の歴史的位置、B(現状分析・理論)部落問題・人権問題をめぐる諸論点、C(教育)道徳の特別教科化と道徳教育、D(思想・文化)解決過程の中で作品を読み解く、E(特設)人権と部落問題を語る会。
  
※なお、詳細は『人権と部落問題』二〇一八年二月号に掲載されます。
  ※報告と討議内容の詳細は紀要『部落問題研究』225号に掲載されます。

 
 ●参加者寄稿

全体集会−感想      小村和義(京都市職員連合部落問題学習協議会)

教育分科会−感想  竹田政信(和歌山)

現状分析・理論分科会  陳 意(立命館大学・留学生) 

特別分科会「人権と部落問題を語る会」−感想 尾川昌法 (部落問題研究所・理事)



全体集会−感想
   小村和義(京都市職員連合部落問題学習協議会)

 部落問題が喫緊の社会問題ではなくなって久しく、また、自分自身が地方自治の職場を離れてからは、部落問題を考える機会が減っていることから、知的刺激を求めて部落問題研究所の総会(研究会)と研究者全国集会にはできるだけ顔を出すように努めています。
 全体会の報告は、猪飼隆明さんの「近代日本の社会問題の歴史研究―部落問題、ハンセン病問題―」。ハンセン病については特に知識もなく、谺雄二さんがマスコミで大きく取り上げられた時期には一定の関心もあったのですが、それ以後は薄れ、昨年四月の最高裁「謝罪」についても何となくにしかとらえていなかった私にとっては、報告は改めて問題の所在に目を開かされるものでした。より正直に言えば「こういう研究分野もあるのか」との感想の方が大です。それでも最後に述べられた「療養所収容患者は、ハンセン病者の中のごくわずか」であり、「マス」を「個」の集団として認識することの重要性を強調された点は、まさにそのとおりだと思いました。この立場は部落問題においても同様であり、個別の事象をもって全体を判断しないという戒めにもつながると思います。
 二つ目の報告は石倉康次さんの「社会調査から見た部落問題の解決過程」。注目したのは『結婚差別の社会学』を著した斎藤直子さんへの批判と「部落差別解消推進法」容認の理論的背景の解明。部落問題解決の到達点という動かしがたい事実を避け、部落問題の社会的属性をも無視して個別の事象を一般化し、依然として部落内外の対立の中でしかものを見ないという点を指摘しています。このような情緒的、非科学的な部落差別論が昨年の部落差別解消推進法制定をめぐる動きの中でもまかり通っているような気がしてなりません。私たちの周囲でも結構幅を利かせていることに気づくことがあります。この克服を研究者任せにするわけではありませんが、わかりやすく論破する方法を深めてほしいと願っています
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部落問題研究者全国集会で感じたこと 教育分科会-感想
   竹田政信(和歌山)

 第四分科会(教育)のテーマは道徳の特別教科化と道徳教育です。午前中は平井美津子(子ども教科書大阪ネット21)さんより「教育勅語と道徳教育」、倉本頼一(立命館大学非常勤講師)さんより「道徳の特別教科化と道徳教科書」の二本の報告を受け、午後から討論の時間となりました。中学校の教員であった私として、平井先生と生徒のやりとりは、なつかしく聞かせていただきました。感じた事を述べたいと思う。
 一つ目は、道徳教育をめぐる今日の動きです。今年三月末に、「憲法や教育基本法等に反しない形で」と但し書きはつくが、「教育勅語を教材として使用することを否定しない」と閣議決定されました。さらに、二〇一八年度から小学校、二〇一九年度から中学校で検定教科書をつかった道徳科の授業が始まり、その徳目は教育勅語とダブっています。気がつくと、教育勅語が、「道徳」として小・中学校に再び持ち込まれているのではと危惧をします。私だけでしょうか。
 二つ目は、夜九時を回っても明々と電気がついている学校が多くみられます。教科指導、クラブ活動、生活指導等々、教員は多忙にさせられています。「学校は完全なブラック企業だ(週刊東洋経済九月一六日号)」の指摘もあり、教科としての道徳が加われば、いっそう拍車がかかります。「考える道徳」以前に、中学校教員の六割が「過労死ライン」を越えている(同・週刊東洋経済)実態の解消が求められています。
 三つ目は、文科省は、考える道徳を提案しているが、多忙化の中でゆっくり考えている時間もなく、考える道徳の授業ができるのか疑問です。時間の経過とともに指導書に頼った道徳を淡々と進めている姿が浮かびます。あいさつの仕方まで型にはめようとする教材もあり、考える道徳とは真逆です。これが文科省のねらいではと疑います。徳目を生徒に押しつける指導は、福井県の中学校の生徒の自殺問題がダブって見えます。
 四つ目は、たとえば、誠実・正直という徳目一つをあげても、国会中継をみれば、これほど空虚な徳目はないでしょう。嘘つきは誰だと。
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現状分析・理論分科会−感想
  
    陳 意(立命館大学・留学生) 

 私は中国からの留学生です。現在石倉ゼミの修士2年生です。この全国部落問題研究者集会に参加するのは二回目です。現状・理論分科会で朴さん、荻原さん、奥山さんの三人から貴重な話を聞かせていただきました。荻原さんの講義を聞いてすごい研究をされていると感じました。奥山さんの結婚差別の話は面白かったです。確かに、結婚差別ということには曖昧なところがあるのですが、人の命まで奪われた事例もあったということに衝撃を受けました。  朴さんは戦後韓国の高齢者の貧困問題とその対策について詳しく説明していただきました。報告の最初に言われた、「春窮」という話に興味を持ちました。「春窮」というのは麦を収穫する前に、貧困と食糧の不足のために、高い利息で食べ物やお金を借りることです。利息が非常に高いため、農家とその家族の生活が崩れるリスクを高め、結果として悪循環に落ち込んでいくこととなる。似たような話は中国の私のおばあちゃんから聞かせてもらったことを思い出し、とても共感できました。 一九四五年から六一年までの朝鮮戦争と政治的混乱で、就労や居住の不安を起こしました。新しい生活問題の発生とその対策についての韓国政府の無責任さがよくわかりました。ところが、政府に対する労働運動や社会福祉運動や民主化運動が成長していた姿にも触れられ高齢者を対象とした社会保険の創設と拡大まで至ったことがわかりました。最後に、朴さんには調査方法についても紹介していただき、私にはとても勉強になりました。  中国においても大変な時代がありました。もちろん、現在の中国にも遠山地域と過疎地域および都市地域で暮らしている高齢者の中にも、昔からの政治的・経済的原因で苦しめられている人がいます。したがって、今の中国に貧困研究は非常に大切だと痛感しています。今回も部落問題研究者集会に参加させていただき、とても良かったです。
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特別分科会「人権と部落問題を語る会」−感想
  
     尾川昌法 (部落問題研究所・理事)

 歴史、教育、現状分析と理論、思想・文化らのそれぞれの専門分科会をこえて自由に語りあう分科会として昨年度に初めて開設された分科会である。好評のため第二回目の開設となった。今回は奈良から村上誠子さん、山田奉子さんに出席いただいたほか、東京、大阪、奈良、京都、広島から全八人。お土産の紅葉饅頭をいただきながら全員の活発な発言で議論はつきることなく、昼食休憩をはさんで午後も引き続き、午後三時四〇分に終了した。司会は梅本哲世、竹末勤、尾川昌法の三人が担当した。  出席者それぞれの自己紹介と地域の課題などの話からはじまって体験してきた闘い、山間地区の困難、高齢者にある格差や健康問題、寺院が持っている部落問題認識の遅れた現状、復活する部落への偏見、若者に運動経験をどう伝えるか、『人権と部落問題』誌への注文、などが議論された。それでも次第に部落の後進性について議論が集中していって、「研究の成果と方法の継承、発展をめざす」という全体会のテーマに沿うものにむかっていった興味深い議論であった。

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