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54回部落問題研究者全国集会 報告

 2016年10月22日・23 於:同志社女子大学今出川キャンパス

 一〇月二二・二三日、同志社女子大学今出川キャンパスにおいて、第54回部落問題研究者全国集会を開催しました。参加者六〇人、二日間延べ一〇三人。第一日全体会は「シンポジウム・部落問題解決過程の到達点と課題―『部落問題解決過程の研究』全五巻をめぐって」、基調報告、教育研究、現状分析・理論研究、の三報告を受けて討論を行いました。第二日分科会は、歴史が前近代と近現代の合同分科会となり、教育研究、現状分析・理論研究、思想・文化の四分科会のほか、新しい試みとして、テーマを決めないで自由に語りあう「特別分科会・人権と部落問題を語る会」を開設しました。全体の報告や感想文を『人権と部落問題』二月号に掲載します。

 
 ●参加者寄稿

全体会・シンポジウム参加記      佐々木 拓哉(京都)

第五四回部落問題研究者全国集会に参加して  竹田政信(和歌山)

教育分科会―私が特に重要だと考える条文は   東 大地

理論・現状分析分科会―感想   陳 意

新設した特別分科会「人権と部落問題を語る会」(山本敏貢・『人権と部落問題』2月号より)

※報告と討議内容の詳細は紀要『部落問題研究』221号に掲載されます。

全体会・シンポジウム参加記

   佐々木 拓哉

 第五四回部落問題研究者全国集会第一日目は、「部落問題解決過程の到達点と課題―『部落問題解決過程の研究』全五巻をめぐって―」をテーマにシンポジウムが行われた。今回は、二〇一〇年度から部落問題研究所創立六〇周年記念事業として刊行開始された『部落問題解決過程の研究』全五巻(歴史篇、教育篇、思想文化篇、現状・理論篇、資料篇T・U、年表篇)が完結したことを受けて、あらためて部落問題解決過程の到達点を明らかにするとともに、今後の部落問題研究の課題を明確にすることを目的に、梅本哲世氏の基調報告、現状分析・理論研究の立場からの奥山峰夫氏の報告、教育研究の立場からの森田満夫氏の報告が行われた。
 梅本報告では、『部落問題解決過程の研究』第一巻・歴史篇におさめられ、本研究全体の基軸をなす、故・鈴木良氏、佐々木隆爾氏、広川禎秀氏の論考を手がかりに、「地域支配構造」論の意義や、同対審答申や国民融合論の評価などについて分析が行われ、「日本社会の構造変化と地域支配構造の変化、民主主義と人権発達の過程」に視点をおいた部落問題解決過程の研究の到達点と課題が整理された。奥山報告では、一九六〇年の同和対策審議会設置法成立以後の同和対策の経過と、いわゆる「部落差別」事象をめぐる状況の変化について整理が行われるとともに、二〇一六年五月に自民・公明・民進の三会派によって突如国会に提出された「部落差別解消推進法案」の問題点についても検討が行われた。森田報告では、戦後同和教育の金字塔として「教育革命」といわれた一九六一年の「八尾中問題」を事例に、戦後同和教育に内在する「生活と教育の結合の原則」が、日本国憲法が保障する「個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成」をめざす<人権としての教育>の実現に果たした役割について検討が行われた。
 以上の三氏の報告を通じて、『部落問題解決過程の研究』の各分野における成果が一層明瞭となった。日本と世界の構造変化に視点をおき、部落問題の解決過程を政治・経済・社会の様々な動向との連関のもとに明らかにした本研究は、部落問題研究のみならず、日本の戦後史を明らかにする上でも重要な成果を残したといえるだろう。なお、報告後に行われた討議では、奥山報告でも紹介された「部落差別解消推進法案」をめぐる国会の状況や、アメリカにおける黒人差別の実態などについてもフロアから発言があり、部落問題や人権問題の今日的課題についても考えさせられる機会となった。
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第五四回部落問題研究者全国集会に参加して

   竹田政信(和歌山)

 一一月二二・二三の両日、京都市同志社女子大今出川キャンパスで、第五四回部落問題研究者全国集会が開催され、参加しました。一日目の全体会は、「部落問題解決過程の研究全5巻」が完成したことにより、編集と執筆に係わった三人の先生方から報告を頂いた。最新刊の第5巻年表編は、部落問題の解決過程とそれを取り巻く、世界や社会、政治や経済の動きを軸にまとめられています。二日目は、教育の分科会「一八歳選挙権と政治教育・政治活動」をテーマに二人の先生から報告を受けました。どの報告も今日的課題を提起するものでした。報告の詳細は別に待つとして感じたことを述べたいと思います。 二〇一六年五月、突然、自民党から、部落問題解決を否定する「部落差別の解消の推進に関する法案」なるものが出され、国会で継続審議となっています。これにかかわり、和歌山県での部落解放運動に係わってきた一人として述べてみたいと思います。@今日、部落問題は、着実に解決にむかい、「混住や通婚」などの用語も必要ない状況になっていること。A特別な施策はかえって部落問題の解消を逆行させること。B残されているこだわりは、民主主義の熟成に待つべき課題であること。C格差社会の進行(貧困の増加)は人権意識を悪化させており、格差解消は即刻の人権課題となっています。同和の対策など必要ありません。 部落問題解決過程の研究・第五巻の三七頁に『一九四六年一月二一日、和歌山県有田郡御霊村庄地区の青年三〇名「部落民の生活水準の向上、政治的進出による社会的地位」確保のための政治結社結成についての協議』等の記述があります。和歌山県では、戦後早くから、解放運動や責善教育運動が果敢に取り組まれてきました。多くの人々の努力により、地域は改善され、両性の合意による結婚も増加し、部落問題は基本的に解決しました。こうした状況になると、「同和」や「部落解放」の名前を冠した運動・教育や組織は、部落問題の解決を阻害するとして、終了や解散を進めてきたのも和歌山県です。  法的事実も存在しない欠陥法案を持ち出したのは、「差別だ」と部落問題を利用して、国民の自由な意見表明を押さえるために出されたのだと推測します。法案は、憲法改悪への地ならしの道具として使われるのではないかと危惧しています。加えて、和歌山県選出の二階俊博自民党総務会長(現・幹事長)側から法案が出されたと言われています。和歌山県の状況を知っていて欠陥法案をだすことは、政治の退廃と言えるでしょう。  また、一八歳選挙権に対する文科省や教育委員会の「政治的中立」というネーミングによる締め付けとそれによる萎縮等とつながり、民主主義とは逆の危険な「社会構造」が作られているとの思いは、私だけではないと思うこのごろです。
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教育分科会―私が特に重要だと考える条文は
  
    東 大地

 私は憲法に規定されている条文の中で特に重要だと考えるのは、一三条(個人の尊厳)、二五条(生存権)そして一四条(法の下の平等)です。人がいち個人として保障され、国際的な平和を希求し、共生していく上では欠かせない普遍的価値が明記されていると考えます。これらは立憲主義国の中では当然に認められた権利ですが、私たち人類の歴史はその権利を自らで侵害し合い、その歪みは今もなお各国に残り続けているのが現状です。生まれた歪みは私たちが営む日常的活動の中に溶け込み、人々の思考に影響し、伝染し、別の形となって新たな歪みが生まれます。差別やいじめ、部落という言葉は私たちが生まれる前から存在していたわけではありません。社会学的に捉えれば、問題はある事象が問題だと人間が認識した時点で問題となり、言葉はそれらを抽象化させるためのツールだと言えます。とすれば 、私たちは問題を定義し言葉を定義する一方で、問題を解決し人権を保障するための言葉(法)を生成することもできます。本年一八歳選挙権が施行され、約二四〇万人の有権者が誕生しました。しかし、約一三〇年前に付与された我が国の選挙権は、たった全人口の1%の人たちだけで、国の未来を決めていたのです。、明治から大正、そして昭和へと時代が移る中で、次第に参政できる人が増え、いまから約七〇年前に男女平等の普通選挙が実施されました。その変遷は人権運動の戦いの歴史だったと思います。「納税率と性別で選挙人を決めるのはおかしい。私たちも国づくりに参加したい。」そんな人々の権利要求が民主主義的活動の中で大きな運動となり、法制化に至りました。このように主権たる国民が社会の歪みに気づき、協働し、解決していくプロセスは、成熟した民主主義がもたらす最大の効果であると考えます。
 部落という言葉を知ったのは、私が中学二年生の時です。祖母の伝記により、自分の身近な人々が部落問題に苦しみ戦ってきたという事実を知り、こんな平和な村が?という疑問にかられたのを覚えています。今ではそれほど、穏やかで、純粋な交流が感じられるところなのです。今思えば、自分たちが苦しんだことを引き継ぐのではなく、事実として語り、まっすぐ育って欲しいと願い育ててくれた家族と周りの方々のおかげなのだと思います。母はよく私に「大きな視野を持ちなさい。」と教えてくれました。今ならその言葉の意味がわかります。
 私は将来、教師になることを志しております。少しおこがましい言い方かもしれませんが、あらゆる問題は教育に帰結すると考えています。そして、国とは人であり、政治とは人が未来を語ることであると。不安定な経済と国の安全保障に関わる問題を担うのは、これからの子どもたちです。私の家族が、私に良い未来を授けてくれたように、私も個人や自由、平和が保障される世界を次の世代に紡いでいきたいと思います。
 民主主義的活動の意義や、個人への尊厳の普遍的価値を改めて学び直す大変貴重な時間でした。ありがとうございました。

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理論・現状分析分科会―感想
  
    陳 意 (立命館大学大学院 社会学研究科 博士前期課程一回生)

 私は、中国の留学生です。指導教員の石倉先生から紹介されて本研究集会に参加しました。本集会に参加して、日本に『部落問題』があったということを初めて知りました。  部落問題というのは、日本社会における封建的身分差別の残りであり、同和問題ともよばれ、劣悪な住まい、貧困、労働や教育の格差、そして就職・結婚による差別、社会的交流の遮断を生み出すことである、と知りました。第二次世界大戦後の日本憲法における基本的人権の尊重により、社会問題に対処するために部落団体や行政などが地位の改善や解決に取り組んで来たことを知りました。NHKの朝ドラ「べっぴんさん」では、職業による差別や女性に対する差別が戦後当時にはあったということが描かれ、靴屋の麻田さんも出ていますが、そのことも思い出しました。  「就職差別」、「結婚差別」及び「教育差別」などの問題が深刻な状態が、二〇〇〇年以降ほとんどみられなくなり、二〇一五年になって、「差別解消法」を必要とするような、立法事実は存在しないという状況になりました。  今回の「部落問題研究者全国集会」に参加させて頂いて、イメージに残ったことが二つあり、その一つは、「教育革命」といわれた「八尾中」の教育実践の事例です。  具体的には、ある教師は、部落の長欠・不就学の子どもを救うため、出席確認の中で「姿なき友」として、学級集団に確認させるという感性的認識に訴え、憲法の理性的認識の教育に結合させた上で、福祉への正当な要求があることを自覚させていき、長欠の生徒たちを励まし、生活指導援助を組み合わせたことです。「生活と教育の結合原則」の下、「集団教育」という教育方法で「認識の教育」を教育内容及び教育実践全体を「人権としての教育」の機能を果たして、子どもに学ぶ目的の発見までに至るという流れで、徐々に問題を解決できたことに驚きました。この事例から、以前石倉先生にいただい沖縄の子どもの貧困調査の事例を思い出しました。生活保護家庭の不登校や低学力の子どもに朝食を提供し、親に子どもの生活習慣を確立することを助言し、子どもたちが元気に学校に通えるようになった実践が紹介されていました。  もう一つ印象深いところは、石倉先生の報告の中、東海皮革の農民との土地をめぐる紛争を最後には土地を分配して解決したことです。毛沢東が地主から土地を取って、直接に農民に配分したことは有名ですが、今の中国では、農民が都市に転出した人の墓地を安く手に入れ、その仲介を地元の暴力団体が取り仕切っている事例がありますが、どうすれば解決できるだろうと思いました。  一回、解決された社会問題にはどうやって価値を見出したらよろしいのかについて、石倉先生と話し合い、先生に「解決された社会問題だからこそ、改善方法や解決過程に注目すれば、現在の社会問題の解決には役立つかもしれないので、今でも解決方法や歴史的変遷に関する研究が必要だ」という答えを頂きました。今回の「部落問題研究者全国集会」に参加させてもらったことで、社会問題が解決できるということを知り、希望をみせてもらいました。
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新設した特別分科会「人権と部落問題を語る会」
  
     山本敏貢 (奈良)

 この分科会は、研究者集会としては、初めての試みである。テーマーを持たない分科会であるから準備は不可能であり、「研究者集会」にはふさわしくない分科会かもしれない。どのような発言や討論がなされるのか予測もつかないだけに楽しみな試みであった。
 先ずは、第一日目全大会で基調報告をした梅本哲世氏と司会者であった広川禎秀氏が出席していることに驚いた。基調報告者が出席している以上、「自由」に討論どころか、報告に基づき、かなり「真剣」に「研究者」的に討論・意見交換せざるを得ないと緊張した。 出席者はお二人以外に広島、大阪、奈良、長野、東京からと成澤部落問題研究所理事長であったと記憶している。司会者である尾川昌法部落問題研究所常務理事は、他の出席者も私同様に相当緊張していると観察され、この特設分科会には特別な趣旨や討論による到達目的などはなく、文字どおり、今日の人権と部落問題について、出席者が自由に意見交換をすることが目的であると説明された。
 私は「部落問題・部落差別が解決可能な状態にまで変化した取り組みの教訓をもっと他の社会問題に活かすことができるような研究や活動が必要ではないか。例えば国内の地域間格差、とくに生活基盤の格差にはすざましいものがある。その典型の一つが過疎地の問題である。私が生活している集落は戦争直後21戸あったが、今では私が生活しているお寺と檀家である家族が3戸のみとなっている。原因は水の確保が自己責任とされているからである。公共の上水道はなく、今後も設置される計画はない。しかし、住民税は平等に徴収されている。これを差別・人権侵害というのではないか」と発言した。
 これに応ずる形で大阪、広島、長野、東京の参加者から「自己責任」が最近特に強調されるようになっており、様々な社会的支援を利用しにくくなっている事実が具体的に指摘された。さらにそうした社会的環境のなかで当然の権利としての生活保護などを受給すると地域社会から排除されるような恐れすらあり、生活保護水準以下の国民年金生活者が、自ら家の中に閉じこもってしまい、社会から孤立して暮らしているような実態があることも指摘された。
 国民融合論は民主主義の理論であり、部落問題だけではなく、他の社会問題解決にも通用する理論であるとの発言もあり、さらに日本国憲法に基づく要求、人間らしく、自分らしく生きたいと願う心を育て、実現しようとする当事者―主権者としての運動の理論とも言えるとの指摘や、さらに新しい共闘・共同の理論でもあるとの指摘もあった。
 この理論を次の世代、若い世代に伝えていくことが困難になっているのではないか。特に最近の青年層は「自己肯定感」が低下しており、そのことが民主主義に対する意識を低下させており、こうした状態を放置しておくと、差別の温床になるのではないか、とする発言に対しては、「青年層を一律に見てはいけない。そうした側面を持っている青年も存在するが、他方で自主的にマイクとプラカードを持って街頭に立って反戦・平和を訴える若者も増えていることに私たちは未来を見る必要もある」との指摘がなされた。
 政権が危うくなってくると支配層は、実体のないものを「差別」だとしてこれを利用して、国民分断を図ろうとする。国民融合の理論に代表されるように、国民の民主主義の水準が高くなってきているからこそ、「部落差別解消推進法案」なるものを提案して、今なお、部落差別が根強く残っているかのような主張をしているとの、するどい批判をもって、分科会は終了した。

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